ANA Masters of B2B Marketing Conference 2026 セッションレポート:Human-Led AI ― B2Bブランドリーダーの新たな責務

June 19, 2026

本レポートは、2026年6月に開催された ANA Masters of B2B Marketing Conference 2026 についてのイベントレポートです。米国広告主協会(ANA: Association of National Advertisers)が主催する本カンファレンスは、B2Bマーケティングに特化した業界有数のイベントであり、最先端の戦略や実践事例が共有される場として知られています。本セッション「HUMAN-LED AI: A NEW MANDATE FOR B2B BRAND LEADERS」では、SAS Institute の Chief Marketing Officer である Jennifer Chase 氏が登壇し、バイヤー(買い手)・AIエージェント・マーケターのすべてがAIを活用する時代において、B2Bブランドリーダーシップがどう進化すべきかを、SAS自身の取り組みを交えて論じました。

SASは2026年に創業50周年を迎えており、講演では「データとAIの会社」という自己定義のもと、自社のマーケティング戦略の見直しとAI活用の取り組みが事例として紹介されました。冒頭、Chase 氏は、メインフレーム、Y2K、デジタルトランスフォーメーション、そしてAIと、技術の節目ごとに同社が変化してきたことを振り返りました。そのうえで数十年前の社内メモを引用し、「ユーザー(顧客)はあらゆる組織の最上位にいる」という思想を、単なるスローガンではなく事業に組み込んできたと強調して、本セッションをスタートさせました。これは、組織図においてユーザーを頂点に置き、その下に部門、部署、そして自分自身が全員に奉仕する形で位置づけられる、という考え方です。

1. バイヤーの変化

講演の中心的な問題提起は、バイヤーの行動が根本的に変化したという点にありました。具体的には次のように示されました。

  • バイヤーは、売り手と接触する前に購買ジャーニーの 60%以上 を終えています。すでにショートリストを作成しており、それが覆ることは少ないとされます。
  • 意思決定は単一の担当者ではなく、8〜10人+AIエージェント からなるチームで行われます。その中には売り手が決して会うことのない人物も含まれます。
  • 意思決定に関与する人物のうち、約半数は最後まで自己開示しません
  • AI検索は、ひとつの問いに対して「バイヤー向けの答え」と「企業向けの答え」を返します。その答えは、自社が発信したコンテンツだけでなく、インターネット上の情報全体から形づくられます。

こうした変化により、マーケターがキャリアを通じて築いてきた従来のプレイブックは成立しなくなった、と述べられました。そのプレイブックは自社Webサイトが世界の中心であるという前提に立ち、MQLを営業組織に引き渡し、アトリビューションで貢献を測るものでした。Chase 氏は、こうした構造に最適化された組織やプロセスは多いとしつつ、だからこそマーケティングは今まで以上に重要であり、レベニュードライバーになり得ると述べました。ただしそのためには新しいプレイブックが必要であり、戦略と目標の両方を刷新しなければならないとしました。

象徴的な発言として、「見つけてもらえたとき、あなたはもはや同じ相手に売っているわけではない」という一節があり、これが後述するバイヤーグループの議論につながっています。

2. 戦略を更新するための施策

ある顧客でWebサイトへのトラフィック減少が観測された事例が紹介されました。人々がAIに問いを投げるようになり、その答えが自社の発信だけで決まらなくなっている状況です。SASはこれを起点に新しい戦略を構築しました。柱として挙げられたのは以下です。

  1. Technology(技術):AI検索において自社がどう表示されるかを把握するための新しいツールへ投資しました。従来のSEOツールは一通り保有していましたが、AI検索向けには別のツールが必要だったとされます。
  2. Focus(集中):多くの領域を抱える組織であるなか、自社にとって重要な 10のトピック にチームを絞り、そこへエネルギーを集中させました。
  3. Measurement(測定):新しい指標を導入しました。ひとつは Accuracy(正確性)=自社のデータが正確に表現されているか。もうひとつは Share of Prompt=AIの回答に自社が登場しているか。そして登場できていない場合に、そのギャップを埋めるために何をすべきかを問います。
  4. Foundations(基盤):コンテンツを「クラスター」単位で再設計しました。重要な箇所ではゲート(フォーム入力箇所)を見直し、社内プロジェクト「Project Freebird」としてコンテンツを解放し、より多くの人が閲覧できるようにしました。あわせて、WebサイトがLLMから閲覧可能になっているか、必要なコードが整備されているか、コンテンツがQ&A形式で構成されているか、といった基本作業の重要性も強調されました。

Chase 氏は、ゲートの見直しは社内で大きな葛藤を伴ったと率直に述べた。

3. バイヤーグループ・マインドセット

「見つけてもらえたとき、売る相手はもはや単一の個人(リード・コンタクト)ではない」という認識から、SASはアカウント(意思決定チーム)を対象とするバイヤーグループ・マインドセットを提示しました。リードを揃えて営業に引き渡す従来モデルに代わり、より多くのシグナルを取り込んでバイヤーグループを特定し、顧客の真のニーズへの洞察を深めるAI生成モデルへ移行している、と説明されました。営業・マーケティングのチームにより多くのシグナルと情報を提供することで、顧客を組織の中心に据えられるようにする狙いです。

バイヤーは3つに分類して示されました。

  • Known Buyers は、ブランド認知のマーケティング活動の対象であり、よく知っている相手です。営業チームと会話し、イベントに参加し、透明性をもって関与します。コンテンツ接触・営業接触・自己開示のすべてが当てはまります。
  • Anonymous Buyers はバイヤーグループの一員ですが自ら名乗り出ておらず、商談に影響を与えています。購買プロセスの中で、その存在を特定していく必要があります。コンテンツには接触しますが、営業接触と自己開示はしていません。
  • Hidden Buyers について Chase 氏は、前日の別セッションでの発言を引用し、「彼らは物事を通す力は持っていないかもしれないが、知る力、あるいはプロセスを複雑にする力を持っている」と述べました。財務・調達・コンプライアンス・セキュリティといった部門がこれに該当します。

4. ミッション(KPI)フレームワークの刷新

戦略の刷新、そしてバイヤーグループ・マインドセットに続く3つ目の柱として挙げられたのが、ミッションフレームワークの近代化です。Chase 氏によれば、SASは今年、バイヤーの変化という新しい現実を反映するために、マーケティングのミッションフレームワーク全体を一から再構築しました。その特徴は、上位に置かれた戦略目標と、それを測るために今年新たに導入した指標とが、明確な二段構造で結びついている点にあります。指標が単独で存在するのではなく、常に上位の目標に紐づく形で設計されているのです。

上位:3つの戦略目標(Reach → Relationships → Revenue)

上位の戦略目標は、Reach(リーチ)→ Relationships(リレーションシップ)→ Revenue(レベニュー) という3段で構成されます。これらはスライド上で階段状に積み上がるビジュアルとして示され、低い段から高い段へと段階的に積み上がっていく構造になっています。

最初の段である Reach は、SASのオーディエンスを増やすこと、すなわち自社を認知し、接点を持つ母集団を広げることを目的としています。次の段の Relationships は、そうして広げたオーディエンスに対して、あらゆる層との間でエンゲージメントを促進することを狙いとします。単に到達するだけでなく、継続的な関係性を築く段階です。そして最上段の Revenue は、そこで構築した関係を、パイプライン・収益・リテンション(顧客維持)へと転換することを目指します。認知から関係構築、そして事業成果へと至る一連の流れが、3段の目標として整理されているのです。

さらに、この3段の目標を下支えする土台として、Culture & Effectiveness(カルチャーと有効性) が全体を貫く形で置かれています。Reach・Relationships・Revenue という成果を追求する活動が、組織のカルチャーと実行の有効性という基盤の上に成り立っている、という構造が示されました。

今年導入した3つの指標

数あるマーケティング指標のうち、今年新たに導入し特に注力しているものとして3つが紹介されました。

  1. Pipeline Sufficiency(パイプラインの充足性)従来SASは「marketing-sourced(マーケティング起点)」の発想を用いてきました。これは組織内でパイプラインへの貢献を示すための手段であり、Chase 氏はこれは安心材料のひとつだったと振り返ります。新しい指標では、誰がソースしたか(営業起点かマーケ起点か)はそれほど重視しません。会社が目標を達成するために必要なパイプライン総量が足りているかを、営業・マーケティングの共同の成果として見ます。マーケティングと営業のパートナーシップを確かなものにする狙いがあります。
  2. Target Accounts Engaged(エンゲージしたターゲットアカウント)ターゲットアカウントと一貫して意味のある関係を築けているかを測ります。ターゲットがエンゲージしている状態を目指し、組織全体のマインドセットを通じてより良い顧客体験を提供することにつながります。
  3. AI Governance(AIガバナンス)メッセージが適切な Share of Prompt で登場し、自社の行うことが正確かつ信頼に足るものであり、信頼を構築できているかを見ます。

Chase 氏は、これらの指標変更が、バイヤーの変化に対応するための戦略転換そのものだと位置づけました。そして「そのプレイブックを目にしたとき、マーケターは同じプレイブックを自分たち自身に向け直す必要がある」と述べ、AI活用の議論へとつなげました。

5. マーケティングにおけるAI活用

調査データ

マーケターはAI活用を待っておらず、組織内のあらゆる部門と比べてもAI導入で先行している、と示されました。

  • マーケターの 86% がGenAIを使用・実装しており、全部門をリードしています(出典:SAS & Coleman Parkes Research『Generative AI Global Research Report: Strategies for Advantage』)

Chase 氏は、マーケターは創造性のために生まれ、実験を好み、優れた顧客体験とビジネス成長を志向する職種だとしたうえで、AI活用への熱意が組織の価値と会社への信頼に結びつくよう確かめる必要があると述べました。熱意は十分にあるが、それを価値と信頼につなげることがゴールだという整理です。

AI成熟の3フェーズ

Chase 氏は、SASにおけるAI活用が一足飛びに実現したものではなく、3つのフェーズを経て段階的に成熟してきたと説明しました。

Phase 1「AI Center of Excellence」(2023年)は、組織内でAI活用のイノベーションを生み出す火付け役を担う取り組みであり、わずか1年で 250以上のユースケース が生まれました。続く Phase 2「AI Transformation Office」(2025年)では、それらの実験を再現可能なシステムへと昇華させ、好奇心から真の実装へと成熟させました。組織のケイパビリティを設計・構築し、プロセスを変革し、技術を刷新する段階であり、インパクトの大きさを基準に領域の優先順位づけを行った点も強調されました。そして Phase 3「AI @ SAS」(2025年)は全社規模への展開段階で、SASのGo-to-Market(GTM戦略)部門が、責任あるAI活用の社内ロールモデルとして位置づけられています。

この成熟は、スライド上で2つの軸を用いて表現されました。横軸は「個人(Individual)→ 部門(Department)→ 全社(Enterprise)」という導入範囲の広がりを、縦軸は「AI Value(AIがもたらす価値)」を表します。個人レベルの導入は生産性の向上をもたらしますが、その価値は限定的にとどまります。これを部門・全社レベルへと広げていくことで、顧客との信頼やクレディビリティ(信用)の向上といった、より広範で大きな価値(AI Value)につながっていくとされました。あわせて、AIのケイパビリティを高めるには「より良いプロンプトを書く」こと以上の取り組みが不可欠であり、組織内のプロセスを分解し、時には完全に作り替えること、そしてそれを担う適切な人材を揃えることが求められると強調されました。AI活用の成否は、ツールの巧拙ではなく、組織とプロセスの設計そのものにかかっているというメッセージです。

ユースケースからAI-first capabilityへ

ペルソナ作成を例に、ユースケースを4層に分解して具体化する方法が示されました。

  • AI-first capability:顧客ペルソナと、それを支えるセグメントの作成
  • Tasks:複数ソースからのデータ収集 → パターン/トレンド分析 → ペルソナ生成 → セグメント作成 → システムへの自動化 → セグメントの継続的最適化
  • Technologies:SAS Viya(内外の顧客データ統合)、Microsoft Copilot(ペルソナのドキュメント化)、システム内のペルソナ条件を更新するエージェント、市場変化を検知してアラートするエージェント
  • Roles:Portfolio Marketer、Segmentation、Data Analyst

Marketing AI Transformation Office の優先領域

AI Transformation Office が扱う優先領域は、企画から自動化までの4つに整理されています。

第一の領域である Area/Program Management(領域・プログラム管理) は、マーケティング活動の企画・設計の上流を担います。キャンペーンの着想から立案、最適化までを担う Campaign Ideation・Planning & Optimization と、施策レベルでの改善提案を行う Tactical Optimization Recommendations がタスクとして挙げられました。

第二の領域である Content Operations(コンテンツ運用) は、コンテンツの制作から多言語展開までをカバーします。ブランドの一貫性を保つ Brand Alignment、コンテンツを視覚表現へ変換する Content-to-Visual Conversion、マーケティングコピーを制作する Marketing Copy Creation、多言語へ展開する Multilingual Content Translation、そして文字起こしなどを別形式へ変換する Transcript Transformation が含まれます。

第三の領域である Personalization/Orchestration(パーソナライゼーション・オーケストレーション) は、データとシグナルを束ねた施策制御を担います。A/B Testing による検証、メタデータの管理と拡充を行う Metadata Management & Enrichment、複数のシグナルをリアルタイムで集約する Real-time Signal Aggregation がタスクとして挙げられました。

第四の領域である Workflow Automation(ワークフロー自動化) は、これらの定型業務の自動化を担います。対象となるタスクは Brand Alignment、Content-to-Visual Conversion、Marketing Copy Creation、Multilingual Content Translation、Transcript Transformation で、Content Operations と重なる作業を、人手で個別に行うのではなく定型的なワークフローとして自動化していく点に主眼が置かれています。

このように、Area/Program Management が企画・設計の上流を、Content Operations がコンテンツの制作・多言語展開を、Personalization/Orchestration がデータとシグナルを束ねた施策制御を、Workflow Automation がそれらの定型業務の自動化を、それぞれ担います。これら4領域からは、SASがAIを単発のユースケースとしてではなく、一連の業務プロセス全体に組み込もうとしている姿勢が読み取れます。

まとめ

講演の結びでChase 氏は、SASは単にAIを導入したのではなく、信頼(Trust)・顧客体験・創造性に資する形でAIを機能させたと述べました。そして、これがB2Bマーケターにとっての新たな責務であり、自身はそれに全力で向き合っていると締めくくりました。セッションタイトルが示す「Human-Led AI(人間が主導するAI)」のとおり、AIをスピードと効率のためだけに用いるのではなく、長期的なブランド信頼を担保する人間の判断のもとで活用する、という姿勢が全体を貫いていました。

Iku Hirosaki
Tatsuro Marui
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丸井 達郎
代表取締役 | Chair and Chief Executive Officer

株式会社マルケト(現アドビ株式会社)にてグローバルでわずか6名しかいない重要顧客を支援する戦略コンサルティングチームに所属し、グローバルで活用される再現性の高い戦術設計フレームワークで、多くの顧客企業のデジタル変革を成功に導く。GTM戦略の立案から、マーケティング・セールスのテクノロジーまで幅広い知識を有す。自身もマーケターとして、企業の成長に大きく貢献した経験を持つ。テクノロジースタートアップ企業の海外進出も従事した後、2021年ゼロワングロース創業。仏INSEADにてCGM(Certificate in Global Management)プログラム修了。

著書に「数字指向」のマーケティング データに踊らされないための数字の読み方・使い方(MarkeZine BOOKS)マーケティングオペレーション(MOps)の教科書 専門チームでマーケターの生産性を上げる米国発の新常識」(MarkeZine BOOKS)レベニューオペレーション(RevOps)の教科書 部門間のデータ連携を図り収益を最大化する米国発の新常識(MarkeZine BOOKS)がある。

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