この記事のポイント
- AI導入から組織・プロセスの再設計へ:先進企業では、既存業務を自動化するだけでなく、AIを前提とした業務プロセスや組織構造の見直しが進んでいます。
- 実行能力よりも意思決定の質が重要に:AIによって多くの実行業務が自動化される一方、戦略策定や優先順位の判断、顧客との信頼関係の構築など、人が担う役割の重要性が高まっています。
- MOps・RevOpsの役割が進化:従来のテクノロジー運用から、GTM戦略に基づいてデータ、プロセス、AIエージェントを統合・設計するマーケティングエンジニアリングへの進化が期待されます。
- AI活用の目的は価値創造の最大化:AIによる生産性向上を人員削減の手段として捉えるのではなく、顧客価値の向上や事業成長につなげることが重要です。
はじめに
2026年10月14〜15日、シンガポールで開催されたB2B Marketing Leaders Forum ASIA 2026に参加してきました。
今年で9回目を迎える本カンファレンスは、アジア最大級のB2Bマーケティングリーダー向けイベントです。300名を超えるCMOやマーケティングリーダーが集まり、40名以上の登壇者によるさまざまなセッションが行われました。
冒頭、主催者から過去数年間の主要テーマについて紹介がありました。2020年はCOVID、2022年はハイブリッドワーク、2024年は政治的な変化、そして2026年はAIです。
AIの活用についても、単なる生産性向上や個別業務の効率化から、業務プロセスや組織そのものを再設計する段階へと議論が進んでいることが印象的でした。
特に興味深かったトピックを全3回に分けてご紹介します。
- AI時代のマーケティング組織:チームの規模ではなく、判断の質が問われる時代へ(本記事)
- 収益につなげるマーケティングの仕組み:ABM、営業との連携、アトリビューション、イベントの進化
- AI検索時代におけるブランドと信頼:GEO、ブランドの独自性、B2Cマーケティングからの学び
AIの導入から、AIを前提とした組織設計へ
今回のカンファレンスで複数の登壇者に共通していたのが、AIの活用は個別業務の効率化から、業務プロセスや組織そのものを再設計する段階へ移行しつつあるという認識です。
今年6月に参加したGartner Marketing Symposiumでも「AIは組織の強みも弱みも増幅する」というメッセージが印象的でしたが、今回のシンガポールでは、その考え方を実際の業務に落とし込み、組織やプロセスを再設計している企業の事例が数多く紹介されました。
AIの活用によってマーケティング組織が小規模化する可能性が示される一方で、人に求められる役割は、より高度な判断や専門性、そして信頼関係の構築へとシフトしていくという点が、一貫したメッセージとして伝わってきました。
成果を伸ばしながら、チーム規模を80%縮小
2日目の基調講演で特に印象に残ったのが、DatabricksのVP Marketing APJ、Jeremy Cooper氏によるThe Last Marketing Teamというセッションでした。
同氏は前職のAWSでAPJ地域のマーケティングを統括していた3年間の実績として、次の数字を紹介しました。
- マーケティング起点のARRが60%増加
- AWS SummitのAPJ地域における参加者数が165,000人を突破
- 東京のAWS Summitは、世界のSummitの中で参加規模が1位と3位を記録
- パートナー起点のパイプライン比率が26%から40%以上に上昇
驚いたのは、この期間にAPJのマーケティングチームの規模が80%縮小していたという点です。同氏は、マーケターとしての成果には誇りを持つ一方で、人を率いるリーダーとしては複雑な思いがあることを率直に語っていました。こうした成果と組織縮小の両立を、AIが生み出すパラドックスとして紹介していたのが印象的でした。
ただし、この事例をAIによる人員削減の成功モデルとして捉えることには慎重であるべきだと思います。マーケティング組織の目的は、人員やコストを削減することではなく、事業成長に貢献することです。重要なのは、限られたリソースでどれだけ大きな価値を生み出せるか、そのために組織としてどのような能力を備えるべきかという点ではないでしょうか。
マーケティング業務の80%は実行に費やされている
Jeremy氏は、マーケティングチームの仕事を次の4つに分類しています。
- Execution(実行)
- Strategy(戦略)
- Judgment(判断)
- Trust(信頼)
同氏によると、APACの現地マーケティングチームでは、業務時間の約80%がExecutionに費やされているとのことでした。メールや広告コピーの作成、リストのクレンジング、リードスコアリング、定型レポートの作成などです。そして、まさにこの領域こそが、AIによって最も速いスピードで代替されている部分だという指摘です。
一方で、何を優先すべきか、どの市場に投資するか、顧客に何を伝え、何を伝えないかといった判断や、顧客・経営陣との信頼関係の構築は、引き続き人が担うべき役割として整理されていました。
特に共感したのが、私たちが知識労働と呼んでいる仕事の多くは、実際にはプロセスに沿ったオペレーション業務ではないかという指摘です。マーケティングの現場でも、社内の承認プロセスや調整、データの加工、資料作成といった業務に多くの時間が費やされています。AIがこうした業務を担うことで、マーケターは専門性を高めたり、新しい仕組みを設計したりすることに、より多くの時間を使えるようになります。
マーケティングチームが自分たちでツールを作る時代
もう一つ興味深かったのが、Databricksのマーケティングチームでは、業務に必要なツールを自分たちで開発しているという話でした。紹介されたのは、次の3つのツールです。
導入事例を活用するためのナレッジ検索ツール
約2,800件の導入事例資料を対象に、自然言語で検索できる仕組みです。過去12か月にオーストラリアで特定の課題に取り組んだ金融機関を検索すると、関連する事例が提示されます。これまでは、どのような事例があるかを一部の担当者の記憶に依存していたため、実際に活用される事例が偏っていたそうです。
キャンペーンブリーフの作成支援ツール
過去に成果を上げたキャンペーンのブリーフをもとに、代理店向けのブリーフ作成を支援するツールです。ブリーフ作成から市場投入までに約8週間かかっていたプロセスが、約4日に短縮されたとのことでした。
マーケティングデータの分析支援ツール
マーケティングデータに対して自然言語で質問し、必要な情報を取得できるツールです。Jeremy氏自身も、毎朝、注意すべきこと3つと対応が必要なこと3つを自動的に受け取っているそうです。
これらの事例からも、AIの活用が単なるコンテンツ生成や作業の効率化にとどまらず、マーケティングオペレーション自体を変え始めていることが分かります。
これから求められるマーケティングエンジニア
Jeremy氏は、今後1〜2年のうちにMarketing Engineerという職種がマーケティング組織に定着していくと予測していました。マーケティング活動に必要な仕組みを自ら設計・構築し、継続的に改善し続ける役割です。この職種については、FigmaやStripeなどで採用が始まっているという紹介もありました。
私たちが専門領域としているMOpsも、まさにこの方向へ進んでいくのではないかと感じています。従来のMOpsは、MAやCRMなどのテクノロジーを活用し、マーケティングプロセスを標準化・効率化する役割が中心でした。しかし今後は、AIエージェントを組み合わせ、業務プロセスそのものを設計・実装し、継続的に改善していくことが求められるようになるでしょう。
重要なのは、単にAIエージェントを開発できることではなく、GTM戦略を理解し、それを実行可能なプロセスやデータ、テクノロジーへと落とし込めることです。MOpsだけでなくRevOpsの領域にも関わる役割になっていくと考えています。
また、Jeremy氏は、従来の役職や人数をベースとした組織図ではなく、必要なスキルを起点に組織を設計することを提案していました。各スキルを、社員、外部パートナー、AIモデル、AIエージェントの誰が、あるいは何が担うのかを考えるというアプローチです。
私たちも同様の考えから、2026年8月にGTMエンジニア育成支援サービスの提供を開始しています。GTM戦略の理解を起点に、プロセス設計からデータ整備、AI活用、実装・検証まで、自社でGTMエンジニアを育成・内製化する支援です。
AI導入の本質は、業務プロセスの再設計にある
1日目に行われたDBS、SAP、Thomson Reuters、SASによるパネルディスカッションでも、業務プロセスの再設計の重要性が共通したテーマとなっていました。
SAP:AIがチームをまたいで働く段階へ
SAPのColin Png氏は、AIの活用を4つの段階に整理していました。
- AIが個人の業務を支援する
- AIがチームの業務を支援する
- AIが人に代わって業務を実行する
- AIがチームをまたいで業務を実行する
SAPでは、現在第3・第4段階への移行を目指しているとのことでした。具体例として紹介されたのが、イベントで獲得したリードの処理プロセスです。イベント会場で名刺をスキャンしてから、営業に商談として引き渡されるまで、市場によっては数週間を要しているそうです。これをAIエージェントの活用によって数時間に短縮する取り組みを進めています。
また、Colin氏は、新たな人員を要求する際に、その業務はエージェントで実行できないかを先に検討するようになったと話していました。今後、マネージャーは人だけでなく、AIエージェントの成果やパフォーマンスも管理するようになるという話も興味深いものでした。
DBS:AIを導入する前に、まず業務を見直す
DBSのShoma Narayanan氏の話もとても参考になりました。
DBSでは、AIの導入に先立ち、まずマーケティング業務のプロセス全体を見直したそうです。その結果、そもそも既存の業務プロセス自体が最適化されていないことが明らかになりました。そこで、既存の業務にAIを組み込むのではなく、まず本来あるべきワークフローを定義し、それに合わせてデータやツールを接続するアプローチを採用しています。
現在、取り組みは約50%まで進んでおり、当初は複数のステップを想定していた業務も、AIエージェントがまとめて処理できるようになってきたとのことでした。また、AIの定着を促すため、全社員が月に2回以上エージェントを利用するという目標を設定し、利用状況を追跡しているそうです。
既存の業務をそのままAIで自動化しても、非効率なプロセスが残っていれば、その非効率を高速化するだけです。テクノロジーの導入に先立って、戦略やプロセス、役割分担、データの流れを整理する。AIの時代になっても、この順序は変わらないどころか、むしろ重要性が増していると感じます。
SAS:AIを前提にマーケティングを設計し直す
SASのSameer Thakkar氏も、AIに対する問いの立て方が変わってきたと説明していました。従来は「どこにAIを導入できるか」という問いでしたが、現在は「AIの価値を最大化するためにマーケティングをどう設計し直すべきか」という問いになっているそうです。
SASでは、社内プラットフォームを活用してキャンペーンの企画から実行、レポーティングまでを接続し、所要時間を50%短縮したとのことでした。また、複数のAIモデルやエージェントの成果を比較し、監査する仕組みも導入しています。同氏は、2026年をAI活用のベースラインを構築する年、2027年をその成果を測定する最初の年と位置づけていました。
AIによる価値の70%は、人とプロセスから生まれる
配布資料では、AI導入の現状を示す興味深い数字も紹介されていました。自社のマーケティング機能においてAIによる大きな変革を実現したと回答したCMOが96%に上る一方、42%は生成AIを個別タスクの支援にしか活用できていないと認めていました。
またBCGの調査として、AIが生み出す価値の約70%は人とプロセスに起因し、技術そのものによる価値は約30%であるという数字も紹介されていました。AIツールの導入が進んでいることと、組織としてAIを活用できていることは、必ずしも同じではないことを示しています。
すでに実務で活用されているAIエージェント
実際のマーケティング業務で活用されているAIエージェントの事例も多数紹介されました。
- Liferay:Webサイトのリンク切れ・リダイレクト・内部リンクの修正をエージェントが処理。Claude Codeを活用し、修正計画を作成した後、担当者が承認してから実際の修正を反映する仕組みを導入。サイト健全性スコアが46から97に改善し、エラーURLが7,279件から282件に減少。
- SAP(パートナーマーケティング):6文書・計55ページに及ぶパートナー向け規程への問い合わせ対応をエージェントが担当。申請ミスを約40%削減する見込み。
- Thomson Reuters:リードの調査とパーソナライズされたメッセージによる育成を3年前から運用。
特にLiferayの事例では、エージェントが実行し、人が最終的な判断を行うという役割分担、Human-in-the-Loopの考え方に基づく運用が紹介されていました。今後はAIがより自律的に業務を実行し、人がその活動を監督するHuman-on-the-Loopへの移行も進んでいくと考えられます。
また、Liferayからは、曖昧な依頼や判断が必要な場面では、依然として人同士のコミュニケーションが欠かせないという振り返りもありました。AIエージェントが高度化するほど、すべてを自動化することを目指すのではなく、どの判断を人が担うべきかを明確にすることが重要になってきます。
AI時代だからこそ重要になる、組織の敏捷性と信頼
初日の基調講演では、HSBCのGlobal CMOであるNicole German氏が、組織変革について講演しました。今回AIが中心テーマとなったカンファレンスで、同氏があえてAIについて語らなかったことが印象的でした。
紹介されたのは、組織統合に伴い、法人・機関投資家向けの新部門を12週間で46市場に一斉展開した経験でした。追加の人員や予算はありません。同社が重視したのは、短いサイクルでの意思決定と実行です。毎日のスタンドアップミーティングを通じて、これまで数週間かかっていた意思決定を数時間に短縮し、成果物も24〜48時間で作成する体制へと変えていきました。また、法務やコンプライアンス部門にも初期段階から参加してもらうことで、後工程での確認や手戻りを減らしています。
結果として、ブランド価値は前年比13%上昇し、2008年以降で最も高い水準を記録。重点ターゲットにおけるシェア・オブ・ボイスも12か月連続で1位となったそうです。
Nicole氏が組織変革の条件として挙げていたのは、次の3つでした。
- Ambition(野心):組織として目指す方向を明確にすること
- Agility(敏捷性):変化に対応し、素早く意思決定・実行すること
- Care(人への配慮):変革を進めるうえで、人との関係を大切にすること
AIについて直接語ったセッションではありませんでしたが、AIによって実行のスピードが上がれば上がるほど、組織にはそれに見合う意思決定のスピードが求められます。そして、その意思決定を支えるのは、明確な方向性とチーム内の信頼関係であることを再確認させてくれる講演でした。
重要なのは、AIを使うことよりも批判的に考えること
SeagateのSteve Loh氏によるセッションでも、人の役割について興味深い話がありました。同社では、各部門にAIチャンピオンを配置し、現場からAI活用を推進しているそうです。活用テーマを経営層が一方的に決めるのではなく、各担当者が自分の業務における課題を見つけ、それをAIでどう解決できるかを考えるアプローチを採用しています。
同氏が最後に強調していたのが、批判的に考える力の重要性でした。AIを使いこなすためのスキルやツールは今後も変化していきますが、情報を鵜呑みにせず、問いを立て、適切に判断する力は、引き続き重要であり続けるということだと思います。
これからの変化や対応
今回のセッションを通じて、AI時代のマーケティング組織を考えるうえで特に重要だと感じたことを4つに整理してみました。
1. AIツールを導入する前に、業務プロセスを見直す
重要なのは、既存の業務をそのままAIで自動化しようとしないことです。DBSの事例が示すように、現在の業務プロセスが本当に必要なのか、そもそも最適な形になっているのかを見直すことが出発点になります。
特に日本企業では、複数部門にまたがる承認や調整、Excelによるデータの受け渡しなど、長年の運用の中で複雑化したプロセスも少なくありません。こうした業務をそのまま自動化するのではなく、まずあるべきプロセスを定義し、そのうえで人とAIの役割を設計することが重要だと思います。
2. 組織を人数や役職ではなく、必要なスキルから設計する
AIエージェントが実務を担うようになると、従来の「必要な業務量を見積もり、それに応じて人員を配置する」という前提も変わってきます。必要なスキルや機能を定義したうえで、それを社員が担うのか、外部パートナーに任せるのか、AIエージェントで実行するのかを検討する設計アプローチがより一般的になるでしょう。
一方で、人員削減そのものを目的とすべきではありません。重要なのは、人とAIの役割を適切に設計し、組織全体としてより大きな価値を生み出せるようにすることです。
3. MOpsの役割は、マーケティングエンジニアリングへと広がる
今回、特に関心を持ったのがMarketing Engineerという役割の登場です。MOpsはこれまで、MAやCRMなどのテクノロジーを中心に、マーケティング活動の標準化や効率化を支える役割を担ってきました。今後は、AIエージェントを活用して業務を自動化するだけでなく、マーケティングの仕組みそのものを設計・構築する役割へと進化していくと考えています。
例えば、キャンペーンの企画からコンテンツ制作、実行、リード管理、営業への引き継ぎ、効果測定までを複数のAIエージェントが連携して処理する仕組みを構築・運用するためには、マーケティングの専門知識に加え、データ、システム、プロセス設計、AIに関する理解が必要になります。さらに、GTM戦略を理解し、マーケティングから営業、カスタマーサクセスまでを横断してプロセスを設計できることも重要になるでしょう。これはまさに、MOpsだけでなくRevOpsの領域にも関わる役割です。
4. 最後に差を生むのは、意思決定の質と信頼関係
AIによって、コンテンツの制作やデータ分析、キャンペーンの実行など、多くの業務の生産性は今後も高まっていくでしょう。しかし、実行できることが増えるからといって、必ずしも成果が高まるわけではありません。
誰をターゲットにするのか、どのような価値を提供するのか、何を優先し、何をやらないのか。こうした戦略的な判断の重要性は、むしろ高まっていくと考えています。Jeremy氏のチームでは、会議の冒頭に他社の優れたキャンペーンを一つ取り上げ、なぜ成果につながったのかを説明する時間を設けているそうです。マーケターが単に施策を実行するだけでなく、その背景にある戦略や意思決定について考える習慣を作るという意味で、参考になる取り組みです。
おわりに
今回のシンガポールでは、AIを活用したマーケティング組織の変革が、構想から実装へと進み始めていることを実感しました。実際にAIエージェントを業務に組み込み、プロセスや組織を再設計している企業の事例が数多く紹介されたことが、6月のGartner Marketing Symposiumとの最大の違いでした。
一方で、AI活用によって組織をどこまで小さくできるかという議論には、慎重であるべきだと考えています。マーケティング組織の目的は、人員やコストを削減することではなく、事業成長に貢献することです。重要なのは、人が担うべき役割を見直し、組織全体としてより大きな価値を生み出せるようにすることです。
今回さまざまなセッションでTrustという言葉が繰り返し登場したのも、時代を象徴するように思います。AIによって実行の多くを自動化できる時代だからこそ、人や組織には、より高度な判断と信頼関係の構築が求められているのだと感じました。
次回は、ABMや営業との連携、アトリビューション、イベントマーケティングなど、マーケティング活動をどのように収益につなげていくのかというテーマについてご紹介します。


