買うより作る時代に、売り手は何を語れるか

September 10, 2026

買うより作る時代に、売り手は何を語れるか

買うか、作るか。ソフトウェアの導入をめぐるこの問いの答えが、ここ一年で静かに変わり始めています。

8月末、マッキンゼーがAI活用に関する年次調査「The State of AI in 2026: On the Road to ROI」を公開しました。世界97か国1719名への調査からみえた実態をまとめます。

自然言語の指示から動くソフトを書き上げるコーディングエージェントが実用段階に入り、MCPの整備も進みました。以前なら専門チームがいなければ手が出せなかった機能を、社内で組み上げられる範囲が一気に広がっています。

その変化は調査にもはっきり出ています。回答企業の32%が「社内で作れるようになったため、あるソフトウェア製品や機能の購入を見送った」と答えています。テクノロジー業界に限れば41%、AIで明確な成果を出している上位企業では約半数にのぼります。

一方で売り手側の備えはまだ追いついていません。Growth UnhingedのKyle Poyar氏が主要なSaaS・AIネイティブ企業50社を調べたところ、そのうち34社が、自社製品をAIの中から呼び出せるように連携機能を提供していました。一見すると前向きな対応ですが、AIの画面からしか自社製品が使われなくなれば、顧客との接点も製品の顔も、AIの側へ移ってしまうとも考えられます。ところが、自社サイトで「なぜ自作ではなく自社製品なのか」をしっかり説明しているのは50社中12社、内製と購入のコストを具体的に比較して見せているのは、わずか4社でした。

「なぜ自作ではなく自社製品なのか」の問いは、私たちも意識していく必要があります。売り手に問われるのは、なぜ買うのかを自分の言葉で語れるかどうかです。導入して終わりではなく、定着させ、運用し、うまくいかないときには責任を持って支えます。内製では埋めにくいこうした価値を、どれだけ具体的に示せるかが、これからの差別化点になるのかもしれません。

もっとも、売り手が価値を語り、企業がAIを導入できたとしても、それが成果に変わるとはかぎりません。今回の調査が映し出したもうひとつの現実が、そのことを物語っています。

個人の生産性が会社の利益につながらない

今回の調査でもっとも大きな落差は個人と組織のあいだにありました。回答者の80%が「AIで自分の生産性が上がった」と実感し、半数が意思決定の質も上がったと答えていますが、そのAIが会社の利益に貢献したと報告できた企業は37%にとどまり、前年からほとんど動いていません。5%以上の利益貢献と明確な価値を同時に挙げられる上位企業に至っては、6%のままです。

個人の手応えが会社の数字に変わらないのは、多くの場合生まれた余力がばらばらになり、既存の仕事の進め方の中に吸収されてしまうからです。一人ひとりが少しずつ速くなっても、業務の流れそのものが変わらなければ全体の採算は動きません。

差を分けているのは投資額よりも設計です。上位企業の約7割はAIを既存の作業に足すのではなく、業務の流れそのものを作り直していますが、他社ではおよそ4分の1にとどまります。同じ傾向は営業の現場にも見えます。セールスフォースのState of Salesでは、前年比で売上を大きく伸ばしたトップ営業チームは、見込み客開拓にAIエージェントを使う比率が1.7倍高いと報告されています。一方で、IBMのState of Salesforce調査では、AI施策のうち期待どおりのROIを出せているのは33%にとどまるとも指摘されており、ツールを入れても成果に直結しないことがわかります。

広がるエージェント格差

企業のあいだでエージェント活用の差が急速に開いています。エージェントを一部の業務で本格運用する大企業(年商10億ドル以上)は、この一年で27%から40%へ伸びました。対して中堅以下の企業は22%で横ばいです。

一見すると資金力のある大企業が先行しているだけの話に見えますが、差の理由は予算だけではありません。エージェントはスイッチを入れれば使えるチャットボットとは違います。人の代わりに一連の業務を自律的に進めるには、エージェントが参照して動ける整ったデータ、任せる前提で組み替えた業務プロセス、そしてうまくいかないときに責任を持つ体制が要ります。大企業はこうした土台を持つか作る体力があるため先へ進み、土台のない企業は試験導入のまま足踏みします。個人の生産性が全社の利益に変わらないことと、中堅企業がエージェントを広げられないことは、根が同じ土台の有無なのです。

コストへの向き合い方も、その土台の一部です。およそ5社に1社が、運用コスト、つまりトークン費用などを理由にAI利用を絞り始めています。興味深いことに、コーディングエージェントでコストの上限にぶつかっているのは、むしろ成果を出している上位企業でした。使えば使うほど費用がかさむのがAIの特徴で、だからこそ使用料ベースやハイブリッドのプライシングモデルが一般的になり、売る側も買う側も、どれだけ使うかが価値と費用の両方を決めるようになっています。

土台を整えた企業はエージェントを広げ、ときに自作にまで踏み込み、土台のない企業は試験導入で止まります。両者を分ける線は従業員数でも予算でもなく、エージェントを受け止めるデータと業務の土台があるかどうかです。だとすれば、売り手が見るべきは相手の規模ではなく準備度なのかもしれません。売り方・届け方・定着のさせ方までを一貫して設計できるかどうかが、この先一年の分かれ目になります。買うより作る顧客が増える時代に選ばれるのは、製品の機能そのものではなく、成果までの道筋を一緒に描ける相手なのかもしれません。

Iku Hirosaki
Iku Hirosaki
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廣崎 依久
取締役 兼 COO | Board Member and Chief Operating Officer

株式会社マルケト(現アドビ株式会社)にてインターン終了後、渡米。シリコンバレーのEd Tech企業、Courseraにてフィールドマーケティング及びエンタープライズマーケティングオペレーションに従事。その後シンガポールに渡りDSPベンダーのMediaMathにてAPAC地域のフィールドマーケティング及びマーケティングオペレーションを担当。01GROWTHでは教育サービスの開発に加え、国内外のコンサルティング業務を行う。著書に「マーケティングオペレーション(MOps)の教科書 専門チームでマーケターの生産性を上げる米国発の新常識」(MarkeZine BOOKS)と、レベニューオペレーション(RevOps)の教科書 部門間のデータ連携を図り収益を最大化する米国発の新常識(MarkeZine BOOKS)がある。

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