B2B Marketing Leaders Forum Asia 2025 レポート -The Future of Marketing is Operations-
October 27, 2025

第8回を迎えた「B2B Marketing Leaders Forum Asia 2025」は、アジア太平洋地域におけるB2Bマーケティングの現在地を象徴するイベントとなりました。2日間の日程で約350名のB2Bマーケティング・リーダーが集結し、チケットは開催の4週間前にソールドアウトしました。過去最大規模の会場は、ネットワーキングと建設的な議論の熱気に包まれていました。
フォーラムの創設者であるEmma Roble氏は冒頭の挨拶で、10年前にわずか60名規模で始まった本フォーラムが、アジアを代表するカンファレンスへと成長したことに深い感謝を表明しました。データ、テクノロジー、戦略が高度に統合され、B2Bマーケティングが明確に「成熟した専門領域」へと進化したことを強調し、参加者の共感を集めました。
続いて登壇したのはCameron Partridge氏です。直近ではAIオペレーションのスタートアップInvisible TechnologiesのCMOとして、同社を短期間で大きく成長させた実績を有します。
「The Future of Marketing is Operations」と題した講演で、Partridge氏は自身の実体験をもとに、マーケティング組織が直面する課題と、それを乗り越えるための新たな指針を提示しました。
Invisible Technologiesにおける「オペレーション主導」の急成長
Partridge氏の提言が強い説得力を持つ背景には、AIスタートアップ「Invisible Technologies」での実績があります。着任当初、同社は典型的な「リソース不足」のスタートアップであり、マーケティング予算はごくわずか、体制も未整備でした。同氏はオペレーション(業務の仕組み)を基盤とする成長モデルをゼロから再構築し、わずか18ヶ月で企業規模の大幅な拡大を実現しました。
【Invisible Technologiesにおける主要指標の変化(18ヶ月)】
この期間中、Invisible社は「米国で第2位の成長率を誇るAI企業(4年間で5,600%成長)」として公式にランクインしています。Partridge氏はこの実績について、次のように述べました。
「成功の理由は、派手なクリエイティブ・キャンペーンでも、最新AIツールの導入でもない。いささか地味に聞こえるかもしれないが、要因はオペレーション設計そのものである。」
当時、マーケティングチームの多くが実務未経験者で、使用ツールも最小限であったという事実は示唆に富みます。同氏は「戦略の巧拙以上に、“実行可能な運用の仕組み”が組織を動かす」と強調しました。マーケティングの本質を、戦略立案そのものではなく、「効率的なシステム構築」と「高速な学習の反復」に見出した点が、講演の中心に位置づけられます。
問題提起:現代マーケティングを蝕む3つの“崩壊”
Partridge氏は、自身の経験談に先立ち、現代のマーケティング組織が構造的に抱える課題を3点に整理し、「この20年間で、マーケティングは最も機能不全に陥った産業の一つになっている」と問題提起しました。
(1)獲得コスト(CAC)の高騰とファネルの崩壊
顧客の意思決定プロセスは根本的に変化しました。B2Bバイヤーは営業担当者が接触するはるか以前に、検索、レビュー、コミュニティを通じて購買判断の大部分を完了しています。
同氏は「セールスがドアをノックする頃には、顧客はすでに立ち去っている」と表現しました。従来のファネル設計(認知→興味→比較→購買)は現実と乖離し、結果としてマーケティングROIは構造的に低下しています。
(2)“Tech Bloat(ツール過多)”による複雑性の増殖
数百のマーケティングツール、サイロ化・断片化したデータ、部門ごとに乱立するKPI。組織は自ら生み出した複雑性に飲み込まれています。
「そのカオスの上にAIを重ねるほど混乱は増す。AIは壊れた仕組みを直さない。むしろ失敗を加速させる」との警告は、運用設計なきツール導入が非効率の連鎖を生む現状を明確に示しています。
(3)本質的創造性の喪失
ツールやデータ、日々のルーティンに追われ、「忙しさ」に逃避することで、最も価値ある「創造」に時間を割けていません。Tom Goodwin氏の言葉を引用し、「マーケティングは、過去20年間で唯一“悪化した”業界である」として、現状への危機感を共有しました。
「The Future of Marketing is Operations(マーケティングの未来はオペレーション)」という核心
「AI時代、競争力の源泉はオペレーションにある」と同氏は指摘します。
最新テクノロジーの導入競争や一過性のキャンペーンよりも、「仕組みの整備」「運用設計の精度」「継続的な最適化プロセス」こそが差別化を生みます。Partridge氏はこれを「ルールの書き換え(Rewrite the Rulebook)」と表現し、従来の思考との対比を示しました。
【マーケティングの“古いルール”と“新しいルール”】
実践的フレームワーク:「Start Over Questions(ゼロからやり直すための質問)」
マーケティングをゼロから再設計するための診断フレームとして、Partridge氏は「Start Over Questions」を提示しました。これは「予算」「テクノロジー」「人材」「プロセス」の4領域において、慣性や前提を疑い抜くための問いで構成されています。
5.1 予算(Budget):支出の正当性を問う
— 明日、すべてのマーケティング活動を止めたら、具体的に何が壊れるか。
— もし予算がゼロになったら、最初の10ドルをどこに使うか。
— 無数のKPIのうち、本当にP/L(損益)を動かしている指標はどれか。
— これが「自分の資産」だったとして、同じ支出を行うか。
→ 収益への貢献を証明できない支出は、即時に削除する。
5.2 テクノロジー(Technology):肥大化の断捨離
— スタックの20%が価値の80%を生んでいるか。
— CEOに「全ツールのROI」を3分で説明できるか。
— “Tech Bloat(ツール過多)”は、組織の無知の代償ではないか。
→ AI導入の前に、既存ツールの選別とROIの因果整理を徹底する。
5.3 人材(People):専門家より「運用者」を
— 部門や機能を横断して動ける「オペレーター」はいるか。
— AIに代替され得る役割を再教育する準備はあるか。
— 明日、チームを5人だけ残すなら誰を選ぶか。
→ サイロ化した専門家ではなく、変化に柔軟な真の貢献者を特定する。
5.4 プロセス(Process):慣性を破壊する
— マーケティングからセールスまで、全体プロセスの連動性を本当に把握しているか。
— 今四半期で自動化すべき反復タスクは何か。
— 「壊れている」と皆が認識しながら、温存されているプロセスはないか。
→ 現状維持を許さず、持続的改善を前提とするオペレーションへ転換する。
人材戦略:適応型オペレーション組織への転換
講演の後半、Partridge氏は最も重要かつ難度の高い「人材戦略」に焦点を当てました。AIが職能構造を急速に変化させる中で、未来のマーケティング組織は専門職の集合体ではなく、オペレーションを軸にした適応型組織になると述べ、次の3点を具体化しました。
1)「オペレーター型人材」の育成
SEO、広告運用、イベント運営といった固定化された専門家ではなく、状況に応じて複数の役割(レーン)を横断できる「オペレーター(Operator)」が必要です。ある時はブランディング、次の瞬間にはデマンドジェネレーションのKPIを追い、さらにカスタマーサクセスへと役割を移します。こうした流動性を備え、ツールとデータを使いこなしつつ、変化する目標に合わせてタスクを再設計し、組織横断で課題を解く人材が価値を生みます。深い専門性以上に、学習の速さと全体構造の理解が評価されます。
2)外部専門家の積極活用(タレントクラウド)
スピードと質を両立するには、すべてを内製化しようとする発想を離れ、外部タレントクラウド(業務委託やフリーランスの専門家ネットワーク)を用いて、必要な時に必要な専門スキルを取り込みます。高度な分析、特定テクノロジーの実装、AIプロンプト設計などは、内製常設よりオンデマンドのほうが効率的です。専門性は外部から借り、内部はそれを動かす「仕組みのマネージャー」であるべき、という再定義が提示されました。
3)ミドルマネジメントの再訓練(Retraining)
AIネイティブな若手と最終判断を担う経営層の間でリテラシーギャップが生まれやすく、中間層が“報告係”化する危険があります。排除ではなく再教育が肝要であり、データ理解、AIの実務応用、システム思考による意思決定を軸に再訓練することで、橋渡し役としての中間層が再び組織の屋台骨になります。
「AIは目的ではなく、設計思想の“鏡”である」
講演の締めくくりに、Partridge氏はAIの本質を次のように述べました。
「AIは、壊れた仕組みを自動で直すことはない。むしろ失敗を速く、大きくする。だからこそ、オペレーションをゼロから再設計しなければならない。」
その上で、マーケティング再構築のための「8つの原則」を再掲しました。
- Run systems, not campaigns.(キャンペーンではなく、システムを運用する)
- Design from zero.(ゼロベースで設計)
- Prove revenue.(収益を証明)
- Hire operators.(オペレーターを採用)
- Automate or eliminate manual processes.(手作業は自動化または廃止)
- Retrain middle management.(ミドルマネジメントを再教育)
- Build a culture of accountability.(P/Lに対する説明責任の文化を築く)
- Train everyone in AI.(全員をAIリテラシーで武装する)
最後に同氏は、会場の参加者に向けて静かに、しかし明確に繰り返しました。
「The future of marketing is operations.」
本講演は、AIを「新しいツール」として単に追加する発想に対し、明確な再考を促す内容でした。AI導入は最適化ではなく構造刷新のプロジェクトであり、そのROIは前提となるオペレーションの再設計の深度に依存します。CMOの評価軸も、「クリエイティブな戦略を描く力」から「収益を生むシステムを設計・運用する力」へと重心が移りつつあります。
組織構造については、Operations-drivenの適応型へと再定義が不可欠であると述べます。これはRevOpsおよびMOpsの思想と整合し、マーケティング、セールス、カスタマーサクセスを横断する共通のオペレーティングモデルを構築することが、持続的成長の条件になります。
また、人材観においても重要な示唆があります。日本で議論されてきた「ジョブ型・専門人材」志向とは対照的に、専門スキルはAIを含むアウトソーシングで補完し、内部には複数のレーンを横断できるジェネラリストを据える発想を提唱しています。「自ら手を動かす専門家」から「動かす仕組みを設計する統合者」への転換です。AIが労働市場の中核に入り込み、専門性が外部サービスとして調達可能になった時代、企業内部に残るべき競争力は何か。Partridge氏の提言は、その変化を先取りした内容でした。




