イベントレポート:2025 Gartner Marketing Symposium:マーケティングの未来を「実装」する年に
June 6, 2025

2025年6月2日、米国コロラド州デンバーにて、世界最大規模のマーケティングカンファレンス「Gartner Marketing Symposium/Xpo™ 2025」が開幕しました。初日を飾る基調講演には、Gartner Vice President Analystの Alex De Fursac Gash 氏 と、Vice President Advisoryの Kristina LaRocca-Cerone 氏 が登壇。オープニングセッションから会場には、2025年のマーケティングを取り巻く複雑な現実と、そこから抜け出すための行動指針が力強く提示されました。
LaRocca-Cerone 氏は冒頭で、「オーストラリア、ナイジェリアなど、世界中から多くの参加者がこのデンバーの地に集まっています」と語り、地球規模の関心がこのイベントに寄せられていることを紹介しました。また、参加者がこの3日間のためにスケジュールを調整し、日常業務にも工夫を凝らして「学びと実行計画に向き合う時間」を確保していることに対し、「その努力と姿勢に深く敬意を表します」と述べ、参加者のモチベーションを称えました。
一方、De Fursac Gash 氏は「ロンドンから飛行機と電車と車を乗り継いでやってきた」とユーモアを交えて語り、会場の雰囲気を和ませつつ、グローバルな視点での情報共有の重要性を示唆しました。会場には、上級マーケティングリーダーや経営層を中心に数千名が集まり、今後3日間にわたる濃密なセッションの幕が切って落とされました。
「少ないリソースで、より多くを」──終わりなきプレッシャーと変化の時代へ
-Do more with less-
本セッションでは、2025年のマーケティングを取り巻く環境の厳しさ、そして変革の必要性について、両氏がリアルかつ実践的な視点で語りました。
冒頭で取り上げられたのは、マーケターが直面する終わりなきプレッシャーです。De Fursac Gash 氏は、現在のマーケティングにおける最大の矛盾として、「より速く、よりスマートに、より少ない予算で、より多くの成果を出すという要求が、途切れることなく押し寄せている」と述べました。
つまりマーケターは、限られたリソースの中で、あらゆるチャネルに対応し、複数のコンテンツフォーマットを駆使して、より広範囲の顧客にリーチしながら、企業戦略の立案にも貢献することを期待されているのです。しかも、オペレーションはミスなく完璧であることが前提とされています。
LaRocca-Cerone 氏はこの状況を、まさに「ハムスター・ホイールのような終わりなきループ」と表現。
2024年の時点でもすでに困難であったこの状況が、2025年にはさらに加速していると指摘しながらも、「このスパイラルを断ち切るタイミングは“今”かもしれない」と語り、現状維持の延長線ではなく、本質的な変革のスタートラインに立つべきだとマーケティングリーダーたちに呼びかけました。
「AIはツールではなく“アクター”である」──未来構想から“実装”の時代へ
“AI as an Actor” – Moving from Vision to Execution

昨年の同カンファレンスでは、AIを単なる生産性向上ツールとして扱うフェーズから脱却し、組織の中で意思決定や行動を担う「アクター(役割を持つ存在)」として位置付けるべきというメッセージが強調されていました。
そして2025年、Gartnerがその中心概念として提唱する「Agentic AI(エージェンティックAI)」──すなわち、明確な業務権限を持ち、意思決定や実行を担うAIソフトウェア・エージェント──が、ついに現実のマーケティング業務に組み込まれ始めています。
Gartner Vice President AdvisoryのKristina LaRocca-Cerone氏は、次のように断言しました。「もはや、AI抜きのマーケティングは存在し得ません。」この言葉が象徴するように、AIはもはや“支援ツール”ではなく、“パートナー”あるいは“業務構成員”の一員として扱われ始めているのです。これに伴い、マーケティングリーダーに求められる役割も、大きく変化しています。もはや「AIをどう構想するか」ではなく、「AIをいかに現場で機能させ、成果につなげるか」という、実装レベルでの意思決定と推進力が問われているのです。
マーケティングリーダーに求められる“新たな地図”
AIの本格的な業務実装が進む中、マーケティングリーダーが歩むべき“地図”は、根本から書き換えられつつある。
これまでのマーケティングの在り方は、年単位の計画に沿って、一定のゴールに向けて着実に進むという“直線的な旅路”に例えられてきました。ところが現在では、その進路は大きく複雑に変容しています。Gartner Vice President AdvisoryのKristina LaRocca-Cerone氏は、「マーケティング部門はもはや孤立した機能ではなく、多数のステークホルダーと複雑に交錯する環境下に置かれている」と指摘しました。その結果、マーケティングリーダーの役割自体も、これまでの範囲を大きく超えて拡張しつつあります。
Gartnerの調査によると、マーケティングの責任範囲は今後、従来の5領域から8領域へと拡大する見通しです。この中には、従来の広告・リード獲得・コンテンツ戦略にとどまらず、企業の中枢意思決定に深く関与する業務領域が含まれるようになります。この変化は単なる業務範囲の広がりではなく、マーケティングに対する経営層の期待の質的変化を示しています。特にCFO層は、「新たな顧客類型の獲得」や「長期収益の源泉確保」といった、明確なビジネスインパクトの創出をマーケティングに求めるようになってきているのです。
「マーケターのエピック・ジャーニー」を歩む準備はできているか?
こうした環境の激変に直面する中で、LaRocca-Cerone氏とVice President AnalystのAlex De Fursac Gash氏は、現代のマーケターが進むべき道を「エピック・ジャーニー(壮大な旅)」と表現しました。この言葉には、マーケティングの仕事が「計画 → 実行 →評価」といった予測可能なルーチンではもはや成立しない、という深い意味が込められています。予測困難な外部環境、不透明な市場構造、急激なテクノロジーの進展。これらを背景に、マーケターには「変化を前提とした意思決定力」と「機敏な戦略修正力」が不可欠となってきています。
特に2025年という節目の年において、「ビジネスアズユージュアル(従来通りのやり方)」の継続は、明確に“リスク”とされました。「疑わしき時は何もしない」という選択は、もはや保守ではなく敗北である。このような認識の転換を迫られる中、Gartnerは次のような問いを投げかけています。
マーケターはこの旅に出る準備ができているか?
この問いに対する答えを導くためには、単なるスキルや戦術の見直しでは不十分です。マーケティングリーダー個人のスタンスだけでなく、チーム全体、さらには機能そのものの「レディネス(備え・準備状態)」を、組織横断的かつ多面的に再評価する必要があるのです。
この「準備なき出発」は、険しい山岳ルートに地図もコンパスも持たずに挑むようなものだと両氏は警鐘を鳴らします。そして、これからの時代のマーケティングは、もはや過去の延長線上には存在しない。未知を前提とした“新たな地図”を描き、自らの手で道を切り開く覚悟こそが、2025年以降のマーケターに求められる資質である──そう明言したのです。
“10 Essentials”:マーケティング版・登山者の備えチェックリスト
Gartnerは、2025年以降のマーケティングの旅路を「ロッキー山脈を縦走するバックパック旅行」にたとえます。
その険しい道のりに挑むには、登山者が必ず携行する「10 Essentials(10の必需品)」になぞらえた“マーケティング組織の準備チェック(Readiness Check)”が不可欠だと語られました。この“チェックリスト”の評価軸は一面的ではありません。CEOやCFO、他部門、顧客、そしてマーケター自身といった多層的なステークホルダーからの信頼度をベースに評価する構造となっており、マーケティング機能がいかに組織全体において信頼され、期待に応えているかを可視化します。
しかし──現状は厳しい
このチェックを現時点で実施した場合、多くの組織にとっては「旅の準備が整っていない」ことを示すシグナルが明らかになると、Gartnerは警鐘を鳴らしました。講演内で示された調査データは、その現実を鋭く浮き彫りにしています:
- 57%のCEO/CFOが「CMOはコマーシャル目標(新規顧客獲得・顧客維持・アップセル)のいずれかを達成できていない」と回答
- 過半数の経営幹部が「CMOは企業成長に十分貢献していない」と認識
- 他部門との連携においてマーケティングは過大評価されているとする声も多く、障害と捉える経営者すら存在
- 顧客は依然として企業から自分のニーズや嗜好を理解されていないと感じている
- 変化の多い環境下で働くマーケターは、バーンアウトのリスクが2倍に増加
- CMOの3人に2人が「自らの役割に対する期待に応えられていない」と自己評価している
このように、多くのマーケティング部門は“装備不十分な状態で山に挑もうとしている”のが現実であり、抜本的な備え直しが急務であることが示されています。
旅を進めるための3つの能力
とはいえ、Gartnerはこの現状を悲観的に捉えるのではなく、「変革のスタート地点」と前向きに定義します。そして、この“エピック・ジャーニー”に挑むマーケターが習得すべき3つの能力を次のように提言しました:
1. Enhanced Navigation(拡張されたナビゲーション力)
変化し続ける環境を俯瞰しながら、戦略と実行計画を継続的な規律として調整・進化させる力。単なる目標管理ではなく、柔軟で持続可能な舵取りを担うことが求められます。
2. Leadership Mindset(リーダーシップ・マインドセット)
マーケティングを“実行部隊”として捉えるのではなく、チームや経営層を導く信頼される機能リーダーとして振る舞う意識。これは「Market Shaper」としての自覚とも深く結びついています。
3. Wayfinding Excellence(ウェイファインディング能力)
明確な道が見えない状況下でも、顧客ニーズや市場のシグナルをもとに、最短の成長ルートを自ら見出す判断力と即応力。AIの活用やデータドリブンな意思決定を伴うこの能力は、未来のマーケターにとって不可欠な羅針盤とされます。
戦略的ディスファンクション(機能不全)という病

Gartnerは、現代のマーケティング組織が直面する深刻な構造的課題として「戦略的ディスファンクション(Strategic Dysfunction)」の存在を強く指摘しました。これは、目標の多さと矛盾、戦略と企業目標の乖離、責任の所在の曖昧さといった状態に陥っていることを指します。
セッションの中でKristina LaRocca-Cerone氏は会場のマーケティングリーダーたちにこう問いかけました:「過去または現在の職場で、この“戦略的ディスファンクション”を経験したことがある方は、手を挙げてください。」すると、多くの参加者が手を挙げ、「これは自分だけの問題ではない」という共通の痛みと連帯感が会場を包みました。実際にGartnerの調査によれば、84%のマーケターが自身の組織で戦略的ディスファンクションを感じているという、深刻な実態が明らかになっています。
戦略を“遂行物”から“習慣”へ──変革の鍵
Gartnerは、戦略的ディスファンクションを抱えた組織では、高いビジネス成果を出せる可能性が大きく損なわれると警鐘を鳴らします。たとえば:
- 3年以上先を見据えた戦略を立てているCMOはわずか15%
- 68%のマーケターが短期業務の優先によって長期戦略との衝突を感じている
つまり、多くのマーケティングリーダーが“オペレーションに追われる日常”の中で、未来を見据える視野を失っているのです。
この状態を、登山に例えるならば「GPSが壊れ、靴紐を踏んで転倒し、視界のないまま険しい山道に入り込む」ようなものだと、De Fursac Gash氏は表現しました。
「戦略的監視」と「戦略的先回り」──CMOに必要な2つの転換
このような機能不全を脱し、成長と変革を実現するために、Gartnerは次の2つの視点の転換を提示しました。
1. 戦略的監視(Strategic Oversight)

戦略の時間軸を18ヶ月、あるいはそれ以上に設定しているCMOは、そうでないCMOに比べて1.5倍高い成果を上げているという調査結果があります。
このような「長期視点」は、変化の激しい状況においても方向性を見失わない“戦略的視力”を養い、AIの成熟活用(例:LLMによる市場動向予測や成長パス分析)にもつながります。
また、必ずしも新たな戦略チームの設置が必要とは限りません。たとえば既存のマーケティングオペレーション責任者やデータアナリティクス担当者といった役割と連携しながらでも、長期計画の構築は可能です。「年に一度の計画ではなく、戦略を“更新し続ける習慣”を持つこと」──これが真の監視力につながるとGartnerは強調します。
2. 戦略的先回り(Strategic Proactivity)
未来を予測して動くための実践手法として、Gartnerはシナリオ・プランニング(Scenario Planning)の重要性を挙げます。しかしながら、多くの企業では:
- 顧客視点の欠如
- 仮定が社内で共有されていない
- 自己完結的な想定にとどまっている
といった課題を抱えており、これでは本来の先回り的アプローチにはなり得ないと警鐘を鳴らします。
その模範例として紹介されたのが、State Farm Insurance社の「Issues Watch」という取り組みです。これは、四半期ごとに顧客や業界への影響トピックをまとめ、HR・法務など社内各部門と共有する仕組みであり、以下を実現しています:
- 戦略の方向性を共有する文化の醸成
- 潜在リスクのヒートマップ化
- 迅速かつ柔軟な意思決定体制の構築
Gartnerはこれを「高性能なGPSを持っているだけでなく、チーム全体を目的地へと導く“ナビゲーター”となる力」だと表現し、未来のCMO像として提示しました。
次世代CMO像:「Market Shaper(市場形成者)」とは何者か?
ここまでに語られてきた「長期視点の戦略思考」や「シナリオベースのプロアクティブな意思決定力」は、単なる理想論ではありません。Gartnerはそれらを統合的に実践する新たなマーケティングリーダーの姿として、「Market Shaper(市場形成者)」という概念を提唱しました。
これは、従来型の「Enterprise Operator(企業運営者)」──すなわち、既存戦略をマーケティング施策に落とし込み、部門横断的に調整・推進するタイプのリーダー──とは一線を画す存在です。
たとえるならば、Enterprise Operatorは「隊列に従って着実に進む登山者」。一方、Market Shaperは「地図を描き、道なき道を切り拓いて仲間を導く先導者」です。
「Market Shaper」が持つべき4つの能力──CMOの勝率を8倍に高める力

Gartnerの定量分析は、こうしたリーダー像の違いがCMOの成功確率に決定的な差を生むことを明らかにしています。
- 一般的なCMOが、CEOやCFOの期待を上回る確率:わずか11%
- 「優れたEnterprise Operator」と評価されたCMO:成功確率44%(コイントスよりわずかに高い程度)
- 「Market Shaper」と評価されたCMO:成功確率88%
この結果は、「Market Shaperであること」がCMO成功の最重要成功因子(Critical Success Factor)であることを明確に示しています。Gartnerは、Market Shaper型のCMOが備えるべき4つの力を次のように定義しています。
1. 顧客の選好を形成する力
競合優位ではなく、「なぜ顧客が自社を選ぶのか」という“意味ある選択理由”を戦略的に設計し、市場に提示する力。
2. 経営の意思決定を顧客志向へと導く力
CEOやCFOなど経営陣に対し、現場の顧客インサイトを翻訳し、企業戦略の基盤に“顧客の声”を組み込む視座を与える。
3. 未来のプロダクト戦略を形作る力
既存の要望に応えるだけでなく、未充足ニーズ(Unmet Needs)を捉え、それをもとに新たな製品やサービスの方向性を示唆する力。
4. 混乱への対応力を構築する力
市場の兆しや外部変化を先取りし、それに柔軟に適応できる組織的なレジリエンス(適応力)を内製化する。
ケーススタディ:ATS──“市場形成型マーケター”の実像
Gartnerが提唱する「Market Shaper」型のマーケティングリーダー像。その実例として、産業用メンテナンス&テクノロジー企業である ATS(Advanced Technology Services)社 の Vice President of Marketing、Sandra Marchand 氏 の取り組みが紹介されました。Marchand 氏の実践は、単なる理論を超えて、「マーケティングがどのように企業の競争優位性を形作るのか」を示す好例です。
マーケティングを「補助機能」から「成長の駆動力」へ
Marchand 氏は、従来の“補完的な機能”として扱われがちだったマーケティングを、企業戦略の中核へと昇華させるため、以下のような変革的アプローチを推進しました。
1. 新たな横断的市場セグメントの定義
従来の縦割り的な市場区分に依存せず、データ分析と顧客理解に基づいて、成長ポテンシャルの高い新しいセグメントを再構築。これにより、見落とされていた顧客群へのアクセスを実現しました。
2. 経営層への啓蒙活動による主体性の確立
マーケティング部門の活動が企業収益に与える影響を、明確な数値と事例で経営陣に可視化。その結果、マーケティングは戦略形成の“実行部隊”から“構想パートナー”として位置づけられるようになりました。
3. 革新チームを活用した実験的アプローチ
製品や従来市場への依存から脱却すべく、新しいキャンペーン、技術、仮説の検証を目的とした革新チームを組成。仮説検証を通じて、将来的な収益源の種を育てています。
4. リアクティブ(反応型)からプロアクティブ(予測型)への転換
市場データと社内オペレーションを連携させることで、市場シグナルに基づいた先回り型の意思決定を可能にする体制を整備。これにより、「今起きていることへの対応」ではなく、「これから起きることへの準備」がマーケティング活動の主軸となりました。
定量成果:ROIと売上で証明された変革
こうした施策の結果、ATS社は以下のような成果を上げています。
- 新規顧客収益:前年比 41% 増
- デジタルマーケティングのROI:5倍以上
これらの数字は、Sandra Marchand 氏がいかにして「戦略を描き、組織を動かすMarket Shaper型マーケター」として機能したかを明確に物語っています。
最終ステージ:「Wayfinding Excellence(ウェイファインディング能力)」という未来への羅針盤
いかに長期戦略とMarket Shaperとしてのマインドセットを手に入れたとしても、マーケティングの旅には、予期せぬ混乱や道の消失といった瞬間が必ず訪れます。そうした状況において、リーダーとして最後に求められるのが、「Wayfinding Excellence(ウェイファインディング能力)」です。
ナビゲーションが「地図を描き、旅全体を俯瞰する力」であるのに対し、ウェイファインディングは「目の前の道が見えなくなった瞬間に、何を信じて進むかを決める力」。つまり、リアルタイムで進路を見極める“実践的な意思決定力”です。
顧客理解こそが最強の羅針盤
このWayfinding Excellenceを支える判断軸として、Gartnerが繰り返し強調したのが「顧客理解」の重要性です。
たとえば、
- 突発的なグローバルイベント
- 業界構造の劇的変化
- 予期せぬ競合の出現
- 顧客行動の急激な変化
こうした不確実な局面において、自社のマーケティングを方向づけるもっとも信頼できる“北極星”こそが、顧客の声、ニーズ、そして行動インサイトであるとGartnerは指摘します。実際、2024年に利益成長およびデジタルコマースの目標を達成した企業群は、他社の1.5倍の規模で「顧客理解への投資」を行っていたという調査結果も示されました。
Wayfinding Excellenceを支える3つの実践
1. Genius Brandに共通する習慣:顧客理解への徹底投資

Gartnerが「Genius Brand」として分類する先進企業群は、一般企業と比較して:
- 2倍以上の割合でVOC(Voice of Customer)プラットフォームを導入
- データサイエンスとカスタマーインサイトに積極的に投資
その結果、キャンペーン成果やWebトラフィック、全体のROIにおいて明確な優位性を示しており、これは単なるデータ収集ではなく、“洞察の制度化”が鍵であることを示しています。
また、74%のマーケティングリーダーが「GenAIは顧客インサイトの収集に役立つ」と答え、50%が「パーソナライズされた体験の創出に有効」と期待しています。AI活用により、顧客理解の速度と深度が飛躍的に進化しているのです。
2. Stravaに見る“インサイト駆動型の仮説思考”
フィットネスアプリStravaのチームは、「A/Bテスト」や小手先の最適化にとどまらず、「なぜこの施策が効いたのか」という因果推論に基づいた仮説構築に注力。たとえば、検索バー最適化の実験では、表面的な結果だけでなく、「業種情報がユーザーの意思決定に強く影響する」という深いインサイトを抽出し、他のUX領域にも展開可能な“学習資産”を確立しています。
3. Vanguardの“戦略的意思決定のための実験文化”
金融機関Vanguardは、実験を単なる施策評価の手段ではなく、「事業判断のトリガー」として位置づけています。そのために:
- 実験を仮説単位で細分化し、再現性を担保
- すべてのテスト結果をAPIや主要ビジネス指標と直接リンク
- 成功の閾値を厳格に設定し、部分的な成功では撤退を選択
このように、迅速で戦略的な意思決定につながるよう、実験結果の“使い方”に徹底したルールを設けているのです。
まとめ──「道なき時代」に必要な羅針盤
Wayfinding Excellenceとは、混乱と予測不可能性を前提とした現代において、顧客を中心に据えて進むべき方向を見出す能力です。それは、従来の「マーケティング施策」ではなく、組織全体を導く羅針盤の役割をマーケティングが担うという意味でもあります。Gartnerは、こうした能力を備えたマーケティングリーダーこそが、これからのビジネス環境において、最も貴重な“変革の推進者”となると結論づけました。
“Epic Readiness” へ──マーケターのための最終チェックリスト
すべての洞察と提言を統合するかたちで、セッションの終盤には「Epic Readiness(壮大な旅の準備状態)」というテーマのもと、マーケティングリーダーに向けた実践的なレディネス・チェックリストが提示されました。これは、単なる知識やスキルの確認ではなく、「今この瞬間に、マーケティング部門として“変革の旅”に出る準備が整っているか」を多面的に問うためのガイドです。
このチェックリストは、以下の3つの領域で構成されています。
1. Enhanced Navigation(戦略を“習慣”に)
- 年1回の戦略立案で終わるのではなく、日々の判断や会話に戦略思考を根づかせる。
- 「戦略=納品物」という捉え方を脱却し、変化する環境に対して柔軟に軌道修正できる“継続的営み”として浸透させる。
- この習慣化によって、マーケティングは単なる実行部隊ではなく、企業の持続的成長エンジンとして機能し始める。
2. Leadership Mindset(Market Shaperとしての意識転換)
- Gartnerの調査では、「Market Shaper型CMO」は、CEO/CFOの期待を8倍の確率で上回ると報告されています。
- 単に企業戦略をマーケティング戦術に落とし込む存在ではなく、市場を構想し、変革を仕掛ける側へとシフトすることが求められます。
- キーとなるのは、「自分にしかできないことに集中する」という覚悟。本質的に影響を与えられる領域に注力することが、組織を導く力に変わるのです。
3. Wayfinding Excellence(顧客を北極星に)
- 不確実性に満ちた現在の市場では、計画通りにいかない瞬間が常態化しています。
- そんなとき、最も信頼できる“羅針盤”は顧客理解です。定量・定性データを用いて常に顧客を観察し、変化の兆しを捉える力が問われます。
- さらに、AIやGenAIを活用してインサイトの抽出と意思決定のスピードを飛躍的に高める仕組みを持つことも、現代のマーケティングには不可欠です。
- 実験を通じて学び、次の一手に反映するサイクルを“文化”として組織に根づかせることが、真のWayfinding Excellenceに繋がります。
おわりに──過去に別れを告げ、未来へ一歩を踏み出す

このオープニング・キーノートは、マーケティングの旅が単に「長く」「困難に」なったという話ではありませんでした。それは、「もはや別物の旅路が始まった」という明確なメッセージであり、参加者一人ひとりに対する覚悟と行動変容を促す内容でした。
これまでの延長線上に未来はない。新たな視座、新たな習慣、そして自己変革が必要だ。そのためのインサイトと行動計画は、すでに今この瞬間、あなたの手の中にある。
講演の締めくくりでは、C.S. Lewisの以下の言葉が引用されました。
“There are far better things ahead than any we leave behind.”
これは、マーケティングの未来に挑むすべてのリーダーに向けた、希望と再起動のメッセージであり、過去に執着するのではなく、変革の旅へと確かな一歩を踏み出すことを後押しするものでした。
グローバルの知を、日本の現場で実装するために
本レポートで紹介したようなGartnerをはじめとする世界最先端の知見を、単なるインサイトで終わらせず、自社の成長に直結する戦略と実行に落とし込む──それを実現するのが、01GROWTHとenhampが共同で提供する レベニューアクセラレーションプログラム(RAP) です。
RAPは、グローバル標準のGTM戦略とRevOps実務、そして実際のプロフェッショナルファームで高く評価されてきたアドバイザリーを融合し、戦略立案から現場支援、そして継続的な学習と改善までをサブスクリプション型で一気通貫に支援します。