SuperAI Singapore 2026 参加レポート:デザイン・プロダクト・エンジニアリングが融合する「AI-Native Builder」の時代
July 9, 2026

2026年6月10日〜11日、シンガポールのマリーナベイ・サンズで開催されたアジア最大のAIカンファレンス「SuperAI Singapore 2026」の参加レポートをお届けしています。150カ国以上から1万人が集まった今回のSuperAIでは、ロボティクス、フロンティアモデル、AIインフラ、金融と幅広いトラックが展開されましたが、筆者が一貫して追いかけていたのは「AIは組織と仕事のかたちをどう変えるのか」というテーマです。
今回取り上げるのは、その観点で最も示唆に富んだディスカッションのひとつ、「AI-Native Builder: When Design, Product, and Engineering Converge(AIネイティブビルダー:デザイン・プロダクト・エンジニアリングが融合するとき)」と題されたパネルです。登壇したのは、コネクテッドワークスペースのNotion、AIボイスレコーダーで急成長するPlaud、AI画像生成のMagnific、そしてデザインファームの雄IDEOのリーダーたち。ソフトウェア、ハードウェア、生成AI、デザインコンサルティングと、それぞれ異なる立場から「つくる仕事」の最前線に立つ4社が、いま多くの組織が向き合いつつある問いを議論しました。
AIによって「ほぼ誰もが」設計し、構築し、プロトタイピングし、リリースできるようになったとき、何が起きるのか?
本稿では前半でパネルの論点を紹介し、後半ではこの変化をForresterが提唱する「IT Singularity」の文脈なども踏まえて考察していきます。
セッションの論点1:職能サイロから「AI-Native Builder」へ
パネルの答えは、「伝統的な職種が消滅する」ではありませんでした。そうではなく、職種間の境界がますます透過的になっていく、というのが登壇者たちの共通見解です。
具体的なイメージはこうです。デザイナーがコードを編集する。マーケターが社内アプリケーションを作る。プロダクトマネージャーが、エンジニアリングリソースの空きを待たずに動くプロトタイプを作り、それを持ってユーザーと対話する。少し前なら「職域を侵している」と眉をひそめられたかもしれない動き方が、AIコーディング支援やエージェントの普及によって、むしろ組織の標準的な仕事の進め方になりつつあります。パネルが繰り返し立ち返っていた中心的なアイデアは、AIはスペシャリストを「ビルダー」に変えつつある、ということでした。価値の源泉が、職能のオーナーシップ(「これはデザインの仕事」「これはエンジニアリングの仕事」という縄張り)から、アイデアを成果物に変える能力そのものへとシフトしているのです。
この融合は、すでに組織の動き方を変え始めています。Plaudは、プロダクト・デザイン・エンジニアリングの人材をひとつの成果(アウトカム)を軸に束ねた、小さな自律的ポッドへとチームを再編したことを紹介していました。機能別組織を前提に「デザイン部門からデザイナーをアサインしてもらう」のではなく、成果に対してマルチスキルの小チームがオーナーシップを持つ構造です。Notionは、デザイナーが「ソフトウェアを自らが扱う素材として理解する」文化を長年育んできたため、AI支援開発への移行は断絶ではなく自然な延長だったと語っていました。木工職人が木材の性質を知っているように、デザイナーがソフトウェアという素材の性質を知っている組織にとって、AIは新しい道具のひとつにすぎない、という整理です。
議論全体を通じて、AIは人間の専門性の代替ではなく、個人が従来のジョブディスクリプションの境界を越えて貢献することを可能にするフォースマルチプライヤー(能力の増幅装置)として位置づけられていたのが印象的でした。
セッションの論点2:「誰もが作れる」ことのリスク。創造の民主化と断片化
一方で、パネルは楽観論一色ではありませんでした。リスクについても率直だったことが、このセッションの価値を高めていたと思います。
誰もが作れるなら、誰もが断片化を生み出せる。複数のワークフロー、複数のエージェント、複数の自動化、そして複数の「真実のバージョン」が、組織のあちこちで瞬く間に増殖しうるのです。マーケティング部門が独自に組んだ自動化と、営業部門が別のツールで組んだ自動化が、互いの存在を知らないまま同じ顧客データを別々のロジックで書き換える。そんな光景は容易に想像できます。シャドーITという言葉がありましたが、これからはシャドービルド、シャドーエージェントの時代がやってくるかもしれません。
だからこそ課題は反転します。もはや「創造を可能にすること」は課題ではありません。創造が潤沢になった状態で、一貫性・ガバナンス・可視性・信頼をいかに維持するか。それが新しい課題である、という指摘でした。
AI時代における「つくる」とは何か
ここからは、セッションを踏まえた筆者の考察です。
旧来のモデルでは、創造はスペシャリストに割り当てられていました。エンジニアがコードを書き、デザイナーがモックアップを作り、プロダクトマネージャーが要件を定義する。分業は品質と効率の源泉であり、組織図はそのまま「誰が何を作るか」の地図でもありました。AIはこの割り当てを溶かします。そしてそこに、ひとつのパラドックスが生まれます。
「作る能力」が民主化されるほど、「一貫性を保つ能力」の重要性が増すのです。
誰もが作れるようになったとき、組織は一貫性のない体験、重複した労力、戦略のドリフトというリスクに直面します。10人のビルダーが10通りの顧客体験を作ってしまえば、顧客から見たブランドはむしろ毀損されます。全員がプロトタイプを作れる組織で、誰もプロダクト全体の整合性に責任を持っていなければ、スピードは上がっても方向は定まりません。
したがって、勝つ組織は、単に全員に「作る力」を与えた組織ではないでしょう。明確な原則、強いデザインシステム、共有されたコンテキスト、そして品質を尊ぶ文化を提供できた組織です。AIは創造を民主化するかもしれませんが、判断(ジャッジメント)は民主化されません。何を作るべきで、何を作るべきでないか。どこまでが「良い」で、どこからが「十分でない」か。この判断力こそが競争優位であり続けます。
だからこそ、AIネイティブな世界においてデザインの重要性は下がるのではなく、上がるのです。ここでいうデザインとは、画面の見た目のことではありません。原則を定め、システムを設計し、品質の基準を組織に埋め込む営みとしてのデザインです。IDEOのようなデザインファームがこのパネルに座っていたこと自体が、その象徴だったように思います。
Forresterの「IT Singularity」との接続
このディスカッションが特に興味深かったのは、単なるAIツールの話ではなく、組織の再設計(オーガニゼーショナル・リデザイン)の話だったことです。そしてこのテーマは、アナリストファームの議論とも強く共鳴しています。
パネルから浮かび上がったテーマは、Forresterが2026年のTechnology & Innovation Forumのテーマとして掲げる「IT Singularity(ITシンギュラリティ)」と密接に重なります。Forresterの論旨はこうです。AIはすでに遍在化し、それ単体ではもはや競争優位ではない。ITシンギュラリティとは、決定論的なシステム・人間による意思決定・線形的な自動化を前提に作られた従来のIT運用モデルが、もはやスケールせず、経済合理性を失う瞬間を指す。多くの組織はいまだにユースケースを追いかけ、ツールに過剰投資し、土台とガバナンスを欠いたままスケールしようとしている。一方で先行するリーダーたちは、受動的でサービス指向、ツール駆動の旧来のITモデルが崩壊しつつあることを理解し、運用モデルそのものを根本から変え、AIをスケールさせるためのデータ・ガバナンス・スキルに投資している。
このレンズを通して見ると、AI-Native Builderのディスカッションは、単なるジョブディスクリプションの変化の話ではありませんでした。新しい組織アーキテクチャの出現の話だったのです。Plaudが語ったポッド構造、Notionが議論したマルチヒューマン×マルチエージェントのコラボレーション、Magnificが強調したAIによる自律性の拡張。これらはすべて、人間とAIが混在する「認知的オペレーティングモデル」が実務でどのような姿を取りうるのか、各社が最前線で実験している事例だと筆者は捉えています。
そして、パネルが補強していたもうひとつの重要な観察があります。未来は、デザイン・プロダクト・エンジニアリングがAIの中に消えていく世界ではありません。AIが生み出しつつあるのは、新しいタイプの人材、職能を越えて流動的に動き、エージェントと協働し、実行や反復作業をAIに委ねながら、判断・創造性・人間理解により多くの時間を注ぐ「AI-Native Builder」なのです。
AIを「私たちのために」働かせる
筆者にとってこのパネル最大のテイクアウェイは、技術的な可能性ではありませんでした。登壇者たちが繰り返し強調していた、「それでも人間が方程式の中心に残る」という点です。
AIはコードを生成し、情報を要約し、ワークフローを自動化し、実行を加速できます。しかし、意味のある成果を生み出す人間固有の資質、判断、審美眼(テイスト)、共感、コンテキスト、創造性、そして他者を理解する力はまだ持ち合わせていません。これらは「いずれ自動化される残余スキル」ではありません。AIがルーチンワークを引き受けるからこそ、価値が上がっていく能力です。
ここで、Forresterのより大きなメッセージが最も強く響きます。目指すべきは、AIを中心に会社を再編することではありません。人間とビジネスの成果を中心にAIを編成することです。組織がツールに執着すると、テクノロジーが行動を規定するリスクを抱えます。成果、ガバナンス、人間中心の設計にフォーカスすれば、テクノロジーは主人ではなくイネーブラーになります。
いま組織が直面している本当のリスクは、AIが強力になりすぎることではありません。AIの導入に夢中になるあまり、そもそもこの技術が何のために存在するのかを忘れてしまうことです。生産性は価値がありますが、目的なき生産性は、間違った成果を加速させるだけです。
AI時代に繁栄する組織は、最も多くのAIを持つ組織ではなく、人間の判断と機械の知性を最もうまく組み合わせた組織になると考えています。AI-Native Builderとは、AIに仕える人ではありません。AIを使って、問題解決の力、価値創造の力、そしてミッションを前進させる力を増幅する人、組織であると。
参考情報
- SuperAI Singapore 2026 公式サイト
- Forrester: The IT Singularity Is Here — Announcing Forrester's 2026 Technology Events
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