AIがバイヤーになる時代、誰のためにGTM戦略を立てるのか

April 2, 2026

ソフトウェアの価格設計は、その時代の誰が買うかを前提に作られてきました。パッケージ販売の時代はCDの流通コストを反映し、SaaSのシート課金は人間の組織図と予算承認フローに沿った設計です。3段階のプライシング戦略、端数を使った価格設定やお問合せくださいののCTAなど、これらはすべて人間の意思決定バイアスを前提にした設計です。

では、その前提が崩れたとしたらどうでしょうか?

直近の動きを見ると、その崩れはすでに始まっています。RampはAIエージェント専用の法人カードAgent Cardsをベータ公開し、MastercardとGoogleはAIエージェントによる取引を認証するオープン標準を策定しました。StripeはOpenAIとともにAgentic Commerce Protocolを立ち上げ、6ヶ月の知見を公開しています。まだ実験段階ではありますが、インフラ側の整備は静かに、しかし着実に進んでいます。

現在のほとんどのB2B企業の価格設計を考えるとエージェントと相性は悪いと言えるでしょう。B2Bテック企業の多くがいまだ価格をオンラインで非公開にしています。エンタープライズプランはほぼ例外なくお問合せが必要で、商談化してから価値を説明する流れを前提にしています。人間の営業プロセスを想定した設計としては合理的ですが、AIエージェントはこの設計に対応できません。お問い合わせくださいは、比較リストから外される理由になり得るのです。

それだけではありません。AIエージェントは心理的な価格操作に引っかかりません。膨大な変数を同時処理して合理的な最適解を導くため、人間向けにシンプルにするために削ぎ落とした情報こそが、エージェントにとっては判断の根拠になります。人間は選択肢を絞りたがりますが、エージェントはむしろ変数が多い方が最適化しやすいのです。クレジット制のような複雑な課金体系も、これまでは説明できるかがボトルネックでしたが、エージェントが直接処理するなら強みに変わり得ます。価格設計のシンプルであることという常識がエージェント時代には通用しないかもしれない、という構造的な逆転が起きています。

AIエージェントが買い手になるということは、購買の意思決定プロセスにAIが深く介在することを意味します。そこで問われるのが、自社ブランドがAIにどう評価されているかです。2026年1月、SparkToro創業者のRand Fishkinは、ChatGPT・Claude・Google AIを対象にした大規模な実験結果を公開しました。600人のボランティアが同一のプロンプトを2,961回実行し、AIがブランドや製品をどう推薦するかを記録したというものです。驚くべきことに、AIはブランドの推薦リストを1,000回に1回も同じ順番で出さないことがわかりました。並び順はほぼランダムであり、AIでの自社ランキングを追いかけることに意味はないとFishkinは断言しています。

ただし順番はランダムでも、候補リストに入るブランドは驚くほど安定していることもわかりました。ヘッドフォンの推薦ではSony・Bose・Appleが、B2Bフィンテックではほぼ毎回Rampが登場していたのです。AIは順位をつけているのではなくこのカテゴリで信頼されているブランド群から毎回ランダムに引いているだろうということが推測できます。

つまり、戦うべき戦場はランキングの最適化ではなく、候補リストに入れる信頼性の構築なのかもしれません。その信頼性の源泉はサードパーティのレビュー、業界メディアでの言及、権威あるソースからのカバレッジなどのAIが参照する第三者の声です。

GTMの設計を問い直すということは、どう届けるか、どう売るかだけを問うことではありません。誰が・どう買うかという前提まで含めて再設計することを意味します。エージェントが比較評価し、候補リストを絞り、場合によっては購買まで実行する世界では、価格ページの設計も、ブランドの露出戦略も、製品のAPI設計も、すべてがエージェントに選ばれるかという問いに答え続けなければならなくなります。

現時点では多くのB2B購買は依然として人間が行っています。しかし冒頭に挙げたインフラ整備のスピードを見ると、いつかの話として棚上げにしている猶予は思ったより短いかもしれません。今できることは小さくてもまず自社の状況を把握し、アクションに繋げていくことが重要です。

Iku Hirosaki
Iku Hirosaki
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廣崎 依久
取締役 兼 COO | Board Member and Chief Operating Officer

株式会社マルケト(現アドビ株式会社)にてインターン終了後、渡米。シリコンバレーのEd Tech企業、Courseraにてフィールドマーケティング及びエンタープライズマーケティングオペレーションに従事。その後シンガポールに渡りDSPベンダーのMediaMathにてAPAC地域のフィールドマーケティング及びマーケティングオペレーションを担当。01GROWTHでは教育サービスの開発に加え、国内外のコンサルティング業務を行う。著書に「マーケティングオペレーション(MOps)の教科書 専門チームでマーケターの生産性を上げる米国発の新常識」(MarkeZine BOOKS)と、レベニューオペレーション(RevOps)の教科書 部門間のデータ連携を図り収益を最大化する米国発の新常識(MarkeZine BOOKS)がある。

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